10年前
久しぶりのブログだ。(恒例)
前回あまり明るくない個人の意見だったので
今回はもう少し穏やかな気持ちで書く。
ついこの間中学の時の担任から封筒が実家宛に届いた。
母になにか分かる?と聞かれたが、正直分かった。
一瞬で思い出した。
10年後の自分へ、という手紙だ。
中学3年の終わり頃確かにそんなものを書いた。
具体的な内容はさすがに覚えていなかったが
開ける前からなんとなくむず痒い気持ちだった。
そしてそれを開いて、見た。
…
結論から言うとやはり中学生特有のあれ、
といった感じで、全て公開するのは気が引ける。
ただ、基本的に質問攻めだったので公開できるレベルの質問に対して、10年前の自分に回答する。
以下記載順で回答。
・ブリーチは終了したか?
→終了しました
・ハンターハンターは終了したか?
→まだです。
・こち亀は終了したか?
→終了しました
・2chはやってるか?
→してません
・ジョジョ11部は面白いですか?
→まだ8部です、あともう追えてない
・口癖は寿司太郎ですか?
→逆にその頃の口癖が寿司太郎だったのかよ
・なにしてますか?
→アパレル
・アメリカの大統領は誰?
→トランプ
・どこに住んでいますか?
→長岡
・ブラックホールは作られた?
→撮影されたよ
・エヴァは全部見た?
→まだ終わってません
・長尾はなにしてますか?
→マジで小学生の頃以来見てないな(同級生)
・まる子は?
→さくらももこ氏はお亡くなりになられました
・藤木は?
→なんで藤木ピンポイント?
・服はなんか買いました?
→この前青山でプリュスのパンツ買った
・邪気眼の調子はどうだ?
→そういうネタ好きだったよね
・デスノートは拾いましたか?
→まだです
・バキは?
→宮本武蔵と戦ってたけどもう追えてない
・GANTZは?
→終了しました
・ゆでたまごは?
→どのゆでたまご?頻繁に食べてます
・嫁は?
→いません
・まだ平成ですか?
→令和です
・日本の総理は誰?
→また安倍さんです
・何が流行ってますか?
→タピオカとかじゃない?
・気になるものは?
→ポールハーデンのジャケット
・朝青龍は引退した?
→この頃まだ現役だったのか
・眠いですか?
→コンタクトは目が疲れるよ
・しんちゃんは?
→声優変わったよ
・永沢は?
→うん、なんで空けてくるの
・ゲームはなんか買いました?
→もうしばらくゲームしてません
・スタンドの調子はどうですか?
→まだ発現してません
以上が10年前の自分からの質問だった。
順番もかなり謎だ。
そこまでブリーチ好きでもなかったと思うが。
こう見ると終わらないと思っていたものがあっさり終わり、10年という月日が流れる間に色々なものが変わったことを実感する。
昔漫画好きだったなー。
過去の自分のエネルギーに、少し圧倒された。
だが、振り返るいい機会であった。
こういうのはまた10年後かな。
この頃20世紀少年流行ってたんだなあ。
ダサい
気まぐれ過ぎて一月あいてしまった。
ふと、ツイッターでつぶやくには長すぎるような…
みたいなことを色々考えてたので久々に更新。
(大した内容ではないが)
よく「行動をしてること自体がかっこいい/ダサい」
みたいなことを意識高い方々のツイートなんかで目にする。
結果はどうあれアクションをしてアウトプットしたことがかっこいいよ、なにもしてないのに口出しして批判するのはダサい
みたいなやつだ。
正直自分はこの手の意見に同意できなかった。
むしろアクションしてある程度目に見える形で結果を残していてもダサいもんはダサいし、意見だけで目に見える形で結果を残してなくてもかっこいい人もいると思ったのだ。
もちろんバンバンアウトプットしてそれがめちゃくちゃすごいしかっこいい人もいる、口だけでなんもしてないし意見も的はずれでダサい人もいる。
が、必ずしもそうとは言えない。
例えばアパレルの分野で、事業を立ち上げたりフリーランスで活躍して多方面に影響を与えている人がいる。
一方でアパレルの仕事をしてる訳ではないがアパレルでの様々な出来事に意見を述べ批評する人がいる。
アパレル業界において影響を与えているのは間違いなく前者だろう。
だが、それがかっこいいか否かはまた別だ。
正直ダサいなという人も結構いる。
そして別の業界で働いているにも関わらず、趣味趣向のセンスがよく、意見が鋭いという人も見受けられる。(そして知識やセンスは抜群だが、人間性に欠陥がありすぎて他人の信頼を得られない人もいる。笑)
要するにかっこいい/ダサいはあくまで個人の好みでしかないと思う。
それを判断するルール・法則は個人の価値観の中で決定するものであってどこかで定義付けられたものではない。
パクチーが好きか嫌いか、と同程度のものなのだ。
最近ダサいのになんか評価されてる人が多かったり、かっこいいのに人間性がクソなのか評価されない人がいることに対し疑問を抱くことがあり、つい色々と感じてたことをバーっと書いてしまった。
服装とか音楽の趣味ダサいやつはどんな金持ちバリバリビジネスマンであろうとおれはダサいと思う。
少し酒に酔いながら日々感じていたことをその勢いでブログにする。
これは果たしてかっこいいのかダサいのか…。
(多分ダサいが自己満なので自分を許す)
おじさん
おじさんが亡くなった。
厳密に言うと母の叔父なので少し遠い親族だが
幼少の頃から世話になっていて住まいも実家から近かったこともありかなり身近な存在だった。
明後日葬儀だ。
最近某ロックンローラーが亡くなったが、
同様のレベルでロックンロールな人はだったと思う。
そんなおじさんのロックンロールなエピソードをブログにて振り返ろうと思う。
①アル中
おじさんはおれが小学生の頃から
「よう健太郎!酒飲むか?!」というような酒飲みで
多分アル中に近かったと思う。
昨今は介護施設に入っていて、年に数回しか自分も会いに行っていた。
喉のガンだったにも関わらず、病院での検査後にコンビニでビールを2本買って、餃子を食べビールを飲むような破天荒な80歳だ。
施設でその話をすると「いいんだよ!やっぱビールってのはうめえよなあ。」などとよく言っていた。
アル中で喉のガンで、施設に入り大学病院で検査・治療を受けているとは思えないタフな反面教師だった。
②三途の河を見てる
過去にバイクで壮大な事故を起こしている。
ビートたけしレベルの生死を彷徨う大事故だったようだ。
当時の状況を祖母から聞くとぶっちゃけほぼ死んでもおかしくないほどの重体で生きてたのが奇跡だったとのこと。
その時の話をおじさんに聞くと
「死んだおかあちゃんがいてよう、一郎(おじさんの名前)、一郎や、こっちにおいでって呼んでたんだよ」
と嘘か誠か、なびっくりエピソード。
絶対その頃からアル中だったが驚異的な生命力だ。
③元○○○?
おじさんは佇まいがめちゃくちゃチンピラで
介護施設では全身刺青の元チンピラ?みたいなおっさんに「兄貴」と呼ばれ慕われていた、という話を聞く限り昔は相当やんちゃだったようだ。
腕には謎の傷跡があり、なんの傷なのか?と聞くたびに理由が違ったが、祖母曰く何かしらから足を洗った時に刺青を自ら抉った傷だそう。
もう少し若い頃は横浜に住んでおり、肩をいからせながら歩いて日々喧嘩に明け暮れていたという。
あまり詳しく書きすぎるのも怖いのでとりあえずざっくり思い出せるだけ。
細かいエピソードを振り返ると多分もっと色々タフな話が出てくることには間違いない。
自分も小学生の頃オロナミンCだ、と言われて強力な栄養剤を飲まされ中毒になって病院に行ったことがある。
自分は世からあぶれた面白い人がこの上なく好きなのだが、
今思えばこういう人物が身近にいたことがルーツとなっていたのかもしれない。
ただ、もう一度一緒に酒飲みたかったなあ。。
ありがとうございました。
おじさん、どうか安らかに。
TUNE②
TUNEの記事を書くにあたり
まだ持っていたTUNEを引っ張り出して久々に見てみた。
するといくつか感じたことがあったのでそれぞれ挙げてみる。
①今あまり流行っていないブランドのテイストが似てる
まあ、ファッションなので当然ではある。
だが振り返ると「今聞かないけどあの時流行ってたよな~」というものがやはり多い。
インポートなら
Jeremy Scott、KTZ、Marajan Pejoski、
Bernhard Willherm、CASSETTE PLAYA、PatrikSoderstam、
Vinti Andrews、Noki、BOY LONDON(復刻)、
ドメスティックなら
banal chic bizare、nozomi ishiguro、keisuke kanda、
POTTO、Yeah!Light、ANREALAGE、Mikio Sakabe、HIRO
などなど
当時見てた人にとっては懐かしネームばかりなはず。
いずれも派手なグラフィックや、独特な形状が特徴的で
TUNE常連とも言えるブランドだった。
黒い系統のものだと
Givenchy(ティッシの)、Lina Osterman、Julius、
AVANTRANCE、Daniel Palillo(初期)、Gareth Pugh
Ann Dumelmester、KOMAKINO
(拾い画像です。)
なんかだろうか。
Rickは全身固めている人はまだ少なかった気がする。
ジェレミーは来日してる時に本人がスナップされてることもあった。
ちょうど80sのリバイバルが出てきた頃で
昨今の悪趣味トレンドとはまた別のギラつきだった。
その頃のカルチャーからサンプリングされたデザインのブランドや
古着も80sの不思議デザインのものが好まれており
MCMやBOY LONDON、life's abeachなどのリバイバル、、と
80sカルチャーがフィーチャーされていたと思う。
(80年代当時の人間ではないので正確ではないですが)
大学1~2年のころはコレにもろ影響を受けた格好をしていたのは
今になってみればいい思い出である。
大学に入学してすぐのサークルの飲み会で、
「マキノくんさあ!おしゃれだけどおしゃれすぎて浮いてるよ!マジで!」
と、その頃ほぼ初対面だった友人に言われたことは今でも忘れていない。
あの時ほどの柄や色彩への熱狂はもう戻ってくることはないだろう、
今、派手なファッションはすべて「原宿系」などにカテゴライズされ
あの時のファッションハードコアもじきに「2010年代ファッション」として
過去の流行の1つとされるだろう。
振り返ると少し寂しい気もするが
これらの流行といつか「リバイバル」として、巡り会えれば
その時はまたポップルズのパーカーに袖を通してみようか。
牧野19歳、自宅にて謎自撮り。
TUNE①
まず始めに書くなら
やはり服・ファッションに関することにする。
自分の好きな服はもちろんだが
そんなに好きじゃなくても
話題になっているものなどに関しても幅広く書く。
若造なのでどうか暖かい目で見ていて欲しい。
という訳で始めは高校の頃好きだった「TUNE」という雑誌について。
(言っておいていきなり服についてじゃないのもほんと許してほしい)
高校入学した頃それなりに服は好きだったが
普通のただのサブカルみたいな感じだった。
そこである日TUNEなどのスナップと出会い
もう少し突き抜けたファッション(だと思ってる)ものを知る。
TUNEはFRUiTS、STREETの兄弟的な雑誌で、
基本的に東京・大阪のメンズスナップを載せたスナップオンリーの雑誌。
インスタを始めとするSNSが今ほどの影響力を持っていなかった時代、
街頭のファッションスナップはシーンを知るための重要なコンテンツだった。
特に、田舎住まいの平凡な若者にとっては。
当時、そこに出てくる人のファッションでは
ティッシが就任したころのジバンシィ、ジェレミー、KTZ、ksubi
ドメスティックだとbanal、ノゾミなんかが流行っていて
尖った人はその他の新進気鋭ブランドなどの少量生産かつ難解な服を着ていた。
店だとCANDYやFaline、SidebySide、ミキリハッシン、cannabis
インディーなところだとDogとかNPC、キタコレビル
古着だとフェザーズゴッファ、BOY、バラックルームなんかがよくみる名前だった。
かっこいい人はもちろん、もはや意味不明みたいな人もいた(いい意味で)
とにかくハードコアで尖っていれば尖っているだけいい、
そんな時代感だったのを覚えている。
そしてそこからスナップ常連の人や店
新進気鋭過ぎて活動してたかどうか分からないようなブランドなど、、
とにかく追いまくった。
今で言う「原宿系」の元となるファッションだった。
そのころはまだ、髪を原色に染めスニーカーに羽が生えていると
原宿でも奇異な存在として扱われた。
服も少しずつ集めていった。
といっても当時から金はなかったので
古着やオークションなんかも駆使し、なんとかできる限りで、、、
その服の紹介などはまた改めて書く予定だ。
周りにTUNEを見ている人はいなかったし
ファッションのことを知っている人もいなかったので
情報はとにかくネットから探すしかなかった。
孤独に調べていた。
だがそこからブランドを知り店を知り、人を知ることが楽しみだった。
自分のルーツとも言える雑誌だった。